12/7/2001/5:09pm sweetieは産声を上げた 体重2920g 身長48cmの元気な女の子。
予定日より1日早い誕生日だった。
予定日の2日前に最後の検診に行った、いつものように心音チェック 最後まで良く動く元気なBabyだった、先生がちょっと超音波で見てみましょうといわれた、超音波でAを見れたのはこれで3回目だった(こちらではそんなに超音波でBabyを見る事は出来ない。) 『うーん 逆子になってるねぇ』 『え!?』
ってことで急きょ帝王切開になることに、先生いわく『あさっては僕のお休みだから 明日ね、今日の8時以降は絶食してください水もダメです』 『え!?』
心の準備が・・・それまでは初めての妊娠で何もかも始めての体験、仕事は続けていたので‘つわり’を除けば快適は妊婦生活だった、周りも皆優しいし 大きくなってくるお腹、胎動を始めて感じた日、胎動がドンドン大きくなってきて『あ〜ここにいるんだ』と不思議な感じだった
後期になって‘陣痛’がいつ来るのかとドキドキだった お友達にもらった『たまごクラブ』を隅々まで読んだり HAWAIIでの出産という事も少し不安はあったものの看護婦さんは日本人で先生はローカルジャパニーズの優しい先生だった
明日には帝王切開
Daddyがランチに私の大好きな飲茶に連れて行ってくれたけど 私の頭の中は帝王切開のことでいっぱいだった、とても不安で ラマーズクラスまで行ったのにね。
その日は1日中‘帝王切開’と‘明日にはSweetieに会える’といった複雑な気持ちのまま入院の用意をして次に家に帰ってくるときにはSweetieも一緒だと思いつつベビーベットを眺めていた。
約束の時間に合わせて車で病院に、その前に腹ごしらえとDaddyはバーガーキングへ あの〜私食べられないんですけどって感じで待ってたよね(笑)
病院に着いたら早速着替えをして点滴やらなにやらとあわただしかった、お腹にも色々巻かれてSweetieの心音が部屋に響いている、素敵な部屋だった普通分娩ならこの部屋で出来たんだけど私は帝王切開だから・・・先生到着 挨拶に来てくれたが難産の妊婦さんが急きょ帝王切開ということでしばらく待つことになった。
麻酔医の先生が来て麻酔が始まった、アメリカでは無痛分娩がポピュラーだ、お産で体力をあまり消耗しないから次の日の退院でも大丈夫なんだとうなずける
友達に上手な先生だと痛くないと聞いていたけど感謝で私の先生も痛みは無かった、背中に冷たいものが流れて行ってズーーンっと重い感じが走ったぐらいだった。
段々下半身に麻酔が効いてきて変な感じ、この時陣痛も始まっていたようだった、(看護婦さんが教えてくれた)そういえば前夜におしるしみたいなのがあったし少しお腹が痛たくなり出していたっけ。予定より1時間ほど遅れて分娩室にベットで移動、Daddyも着替えが終わって準備完了、記念に私がビデオを撮ってあげた、Daddyはビデオを持ってしばらく外で待機という事に、
手術室は想像していたのとは全然違って壁には綺麗な絵が描かれていて音楽まで流れている、先生や看護婦さんでにぎわっていたけど私は緊張で笑顔が作れない・・・
麻酔医の先生は私の横についてくれて色々話してくれるけど笑顔が引きつる・・・『緊張しなくて大丈夫だよ〜』っと皆優しいんだけど 私は麻酔はどこまで効いてるんだろう、お腹を切られて痛かったら?とか色々考えていた(笑)
胸から下はブルーのシートで遮られて見えないようになっている、麻酔医の先生いわくとっさに手を出したりする人がいるかららしい。
看護婦さんに『痛くない?』って聞かれて感じるものの痛くなかった、帝王切開が始まった、先生が助手の先生や小児科の先生を紹介してくれた
先生たちは慣れているのか普段と変わらず色んな話をしてる、話はなんと明日のアメリカンフットボールの話に、『君も行くの?僕も行くんだ〜』とかね、って事は先生がフットボールの試合に行く為に私は今日帝王切開になったのね・・・
痛みは感じないもののお腹を引っ張られる感じとかはあった 変な感じ、緊張している私に麻酔医は色々話しかけてくれていたけど今では何か思い出せない。
Daddyが看護婦さんに呼ばれて私の横に、
しばらくしたら先生が『お腹を押さえるのでちょっと苦しく感じるけどこれが終わればBabyに会えるよ』って言われた 息が出来ないほど苦しかったけど次の瞬間泣き声が響き渡った
『Baby GIRL !』『名前はもう決まっているの?』とまず聞かれた。『Sweetieです』と伝えた、皆Sweetieの名前で呼んでくれた、Daddyはあわてて血まみれのSweetieをビデオにおさめた、そして小児科医の先生に色々話を聞いてへその緒を切った、『ゴムみたいだった』らしい
綺麗になったSweetieを私の胸の所に置いてくれた、泣いて真っ赤なSweetie、泣き声も凄く大きくてビックリしちゃった、涙が出てきた・・・でもなんだかまだ実感がわかないというか不思議な感じ
へその緒を切ってるときも私のところにSweetieを連れてきてくれた時にもビデオはしっかりまわっていた、そう看護婦さんや麻酔医の先生が撮ってくれてました さすがAmericaって感じだよね
Daddyと看護婦さんとAは検査の為に行ってしまって私一人、お腹縫われてる・・・
しばらくお部屋で安静・・・そしてDaddyが戻ってきた Sweetieは体温が少し低いとかで新生児室で暖められていた
個室に移動して休んでいたらSweetieが連れてこられた、そう母子同室だったんだけど 泣かれても麻酔はまだ効いてるしベットに座る事すら出来ない状態 看護婦さんに教えられて初めておっぱいをあげた、なんか恥ずかしいけど嬉しかったよ
Sweetieはとにかくよく泣く子だった、看護婦さんに頼んで新生児室に連れて行ってもらったりもしたよね おっぱいの時間になると連れて来てくれるんだけど迎えに来てくれない(笑)Daddyも一緒に泊まってくれたけど夜はよく寝てるし 私はベットを起こして座るんだけどSweetieを抱っこしにいけなくてね
次の朝には点滴も取られて自力でトイレに行くように言われたり廊下を歩くように言われたり、痛くて痛くてベットから起き上がることも大変なほどなのに・・・!2日目からは泣いてるSweetieを抱っこしたり、おっぱいあげたり今思うとどうやってやったのかって感じ、これが母性本能なのかな〜痛み止めのピルを飲んで我ながら頑張った
3日目の朝に抜糸して退院 恐るべしAmericaと思ったよ 2種類の痛み止めとAと一緒に自宅に戻ってきた。この日に日本からホノルルマラソンを走るのにHAWAIIに来ていた親友がSweetieを抱いてくれた、嬉しかったよ(朝寝坊で実は走ってなかったんだけど、これがまた親友らしくて) 痛み止めが切れるとベットから起き上がれないほどの激痛だった、でも泣いてるSweetieを放って置けなくてMommyは頑張ったよね。
とにかくずっと抱っこの生活だったからねぇ
Sweetieが1ヶ月になる頃に両親が日本から来てくれた、嬉しかったぁ〜疲れ果てていた私に元気を一杯くれたよね、沢山寝させれもらったし(笑)家族って暖かいよ。
Daddyyと二人っきりの生活が5年、そしてSweetieが生まれて3人になって生活は全然変わったけど‘Family’って良い感じ!Sweetieと一緒にいるからこそ出来る事を沢山見つけて沢山楽しみたいと思ってる。
そんなSweetieももう2歳(4/2004 現在)もうBabyじゃなくなってくるSweetieを見ると少し淋しい気もするけれど わが子は可愛い、イヤイヤ攻撃にマジで怒ってしまう事も多いけどでも楽しい毎日を過ごせているよね
結婚して親に感謝!そしてSweetieが生まれてまた感謝!忙しいのにこうやって育ててもらったんだなぁっていつも思う。結婚する時には飛行機に乗ってしまえばHAWAIIも日本もそんなに遠くないと思ったけど でも遠い・・・両親に孫の成長を近くで見せてあげられないのがね ごめんね。 私の家族は日本、Daddyyの家族はCalifornia、そんな家族にSweetieの成長やこちらでの暮らしを伝えたかったのもこのHPを作るきっかけとなったのよ。
Mommyが自分達の家族が大好きなようにSweetieにもそう思ってもらえるような家庭を作っていきたいよ。